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壁と卵のこと



というわけで、村上春樹のエルサレム賞受賞スピーチのことです。
英文はこちら。日本語訳はこちら

ここで、非常に個人的なメッセージをお話しすることをお許しください。それは小説を書いているときにいつも心に留めていることなのです。紙に書いて壁に貼ろうとまで思ったことはないのですが、私の心の壁に刻まれているものなのです。それはこういうことです。

 「高くて、固い壁があり、それにぶつかって壊れる卵があるとしたら、私は常に卵側に立つ」ということです。

 そうなんです。その壁がいくら正しく、卵が正しくないとしても、私は卵サイドに立ちます。他の誰かが、何が正しく、正しくないかを決めることになるでしょう。おそらく時や歴史というものが。しかし、もしどのような理由であれ、壁側に立って作品を書く小説家がいたら、その作品にいかなる価値を見い出せるのでしょうか?


この「壁と卵」の比喩はキャッチーかつ示唆に富んでいて、
さすがだなあ、と思ったのだが、気になったのは、
テレビなどではあまり紹介されなかったそのあとの部分だった。

 この暗喩が何を意味するのでしょうか?いくつかの場合、それはあまりに単純で明白です。爆弾、戦車、ロケット弾、白リン弾は高い壁です。これらによって押しつぶされ、焼かれ、銃撃を受ける非武装の市民たちが卵です。これがこの暗喩の一つの解釈です。
 
 しかし、それだけではありません。もっと深い意味があります。こう考えてください。私たちは皆、多かれ少なかれ、卵なのです。私たちはそれぞれ、壊れやすい殻の中に入った個性的でかけがえのない心を持っているのです。わたしもそうですし、皆さんもそうなのです。そして、私たちは皆、程度の差こそあれ、高く、堅固な壁に直面しています。その壁の名前は「システム」です。「システム」は私たちを守る存在と思われていますが、時に自己増殖し、私たちを殺し、さらに私たちに他者を冷酷かつ効果的、組織的に殺させ始めるのです。


この部分を読んだときの率直な感想は、

村上春樹が自分の比喩を説明するなんて超レアじゃね?

ということだった。
談志の高座ならともかくw

「ここで、非常に個人的なメッセージをお話しすることをお許しください。」
と前置きしておきながらも、「もっと深い意味があります。こう考えてください。」
「わたしもそうですし、皆さんもそうなのです。」だもんなあ……。
これはさすがにこの場で比喩を比喩のまま言いっ放しにはできない
という判断なのだろうけれど、それでも作家が(小説ではなくスピーチとはいえ)
比喩を自分で説明するという事態に、おれは強いショックを受けたのだった。

JUGEMテーマ:日記・一般


posted by: アダチアタル | 雑記 | 01:45 | comments(0) | - | - |

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