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「CLANNAD AFTER STORY」について ―「正義のバッドエンド」か「不正義のハッピーエンド」か―

第18話「大地の果て」を観て感じたのは、
「クラナドは人生」ってのもあながち冗談じゃないなあ、
ということで、これはもうひとつの「宗教」の域に達していると思った。
それは「美少女に赦される」という教義であり、
汐ちゃんが男の子だったらやはりこの作品は成立していないはずだ。

実際のところ、朋也のネグレクト(育児放棄)ぶりは半端なくて、
マジで朋也は早苗さんと秋生さんに感謝してもしたりないと思うのだが、
それでもやはりおれたちは朋也が汐ちゃんに「赦される」シーンに
カタルシスを感じてしまう。まさに現代の悪人正機説

と、冗談めかしてみても、このシーンはやはり本作品の白眉だと思う。
汐ちゃんが朋也から買ってもらったロボットのおもちゃをなくしてしまい、
それを必死に探す。朋也は「同じものを買ってあげるから」とあきらめる
ようにうながすのだが、汐ちゃんは朋也から買ってもらったロボットは
世界にひとつしかないのだと答える。この「固有性」「一回性」
朋也が汐ちゃんから「教えられる」くだりは、本当にすばらしい。
(おかげで汐ちゃんが「女神(母親)」になってしまっているわけだけど)

ところが、このカタルシスはほかでもなくクラナド自体によって裏切られる。
それが「光の玉」による「渚の復活」という「奇跡」であり、
この「奇跡」は、汐ちゃんが訴えた切実な「固有性」「一回性」、
かみくだいていえば「かけがえのないもの(を大切にしよう)」
というメッセージと大きく矛盾してしまうことになる。
(渚が死んでしまったこの「人生」も「一度きり」の大切なものなのだから)

しかし、それは麻枝准も充分に自覚していると思われる。
その証拠は二つあって、一つは、この「死んでしまう」メインヒロインに
「渚」(=「シ者」=「死者」)というアイロニカルな名前をつけたこと。
そして、のちに「智代アフター」という作品を世に出したことだ。

劇場版パトレイバー2に出てきた「正義の戦争」と「不正義の平和」
という命題にならっていえば、「渚の復活」という「奇跡」は、
汐ちゃんの訴えたメッセージを裏切るという意味において
まぎれもなく「不正義のハッピーエンド」だろう。
だからこそ麻枝准は「智代アフター」という「正義のバッドエンド」の物語を、
たとえそれがセールスに結びつかないとしても、書かざるをえなかった。
その点、麻枝准は本当にモラリストだと思う。

とはいえ、おれたちはなんだかんだいって
「ハッピーエンド」を求める生き物であり、
おれ個人としても「ハッピーエンド」そのものを
否定する気持ちはさらさらない。でも、
そのハッピーエンドは誰かにとってのバッドエンドなんじゃないか
という目線は、ガンダムやそれこそパト2の洗礼を受けた者としては、
どうしても避けがたく意識してしまう部分ではある。

その対価をよその国の戦争で支払い、
そのことから目をそらしつづける不正義の平和……

たぶん、完全無欠のハッピーエンドなんて、この世に存在しないのだろう。

あんたは知っているはずだ。
正義の戦争と不正義の平和の差は、そう明瞭なものじゃない。
平和という言葉が嘘つきたちの正義になってから、
俺たちは俺たちの平和を信じられずにいるんだ。


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posted by: アダチアタル | 雑記 | 20:17 | comments(0) | - | - |

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