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電波女と青春男 (電撃文庫)

入間 人間
アスキーメディアワークス
¥ 578
※映画「金髪の草原」のネタバレを含みます

電波少女はなぜ飛ぼうとするのか?

「NHK」の岬ちゃんも「AURA」の良子ちゃんも、
この「電波女と青春男」のエリオちゃんも、
みんな飛ぼうとする。そして、失敗する。
当然だ。人間に翼はないのだから。

と、ふとここで「金髪の草原」という映画を思い出す。
あの映画もやっぱり、最後で「電波」な人が飛ぼうとする。
でも、「金髪」の場合、飛ぶのは「少女」ではない。
おじいちゃんだ。
ここで「金髪」のあらすじを紹介すると、
ある日、日暮里さんというおじいちゃんのところに、
なりすという十八歳のヘルパーさんがやってくる。
ところが、この日暮里さんは、自分がまだ二十歳だと
思い込んでいて、なりすちゃんに初恋の人の面影を
重ねてしまう。で、しばらく日暮里さんとなりすちゃんの
へんてこな共同生活がつづくのだが、あるとき、
日暮里さんは自分が二十歳ではなく八十歳の老人だと
気づいてしまう。「夢」からさめてしまうのだ。
しかし、その「現実」を受け入れられない日暮里さんは、
まだ「夢」はつづいていると信じ、これが「夢」ならば
空も飛べるはずと信じ、家の屋根から、飛ぶ。

この日暮里さんが「飛ぶ」シーンがおれはとても好きで、
ものすごいカタルシスを感じてしまうのだが、冷静に考えれば、
これは世間一般には「お年寄りの飛び降り自殺」としか見えないだろう。

というわけで、「金髪の草原」は、電波少女たちとは違い、
電波おじいちゃんがホントに飛び、死んでしまう話なのだ。
「電波」とは、宇宙でも異世界でもなんでもいい、
「彼岸」(≒「死」)の世界に憧れるさまをいうのだろう。
でも、電波少女たちはなんだかんだで、「あっちがわ」
には行かない。たいてい主人公の男の子が、「こっちがわ」
につなぎとめて終わる。「NHK」も「AURA」も。
この「電波女」でもそうだった。
もしかしたら、「ハルヒ」もそのようにして終わるのかもしれない。

しかし、果たしてホントに「電波」なのは少女たちのほうなのだろうか?
この手の作品を読んでいて感じるのは、いちばん問題を抱えているのは、
「電波少女」を通じて「彼岸」をかいま見たいという
抑えがたい欲望を抱えている、男の子たちのほうなんじゃないか、
ということだ。電波少女を「こっちがわ」に引きとめようとしている
男の子の立ち位置は、本当に「安全地帯」なんだろうか?
滝本竜彦が「NHK」のラストで「ウソ」を書いてしまったと感じ、
それ以降ほとんど創作活動ができなくなってしまった理由の一端も、
ここにあるんじゃないかと思う。

「金髪の草原」を観て日暮里さんに激しく共感してしまう
おのれへの自戒の意味もこめて、こう問わずにはいられない。
おまえはホントに「こっちがわ」の人間なのか?と。

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posted by: アダチアタル | 本の感想 | 21:10 | comments(0) | - | - |

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