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「AURA」のこと――どりせんクラスの未来は群青学院かもしれない

過去にトラウマを持ち、最終的に「調停者」として
ふるまうのは、「CROSS † CHANNEL」の主人公・黒須太一も、
「AURA」の主人公・佐藤一郎も同じ。だが、「AURA」の場合、
「調停」する対象はレディス佐藤こと佐藤良子で精一杯だった。

「AURA」のラストのカミングアウト大会において、主人公の
クラスのほとんどが「邪気眼」持ちだということが明らかになる。
ということは、「一般人」をめざすメンズ・レディス両佐藤と、
「一般人」代表の大島さんのほうがマイノリティになってしまう。

「邪気眼」たちはメンズ佐藤の隠しきれないオーラに惹かれて
おり、いわばメンズ佐藤総受け状態なので、彼が「一般人」化
することを受け入れるはずがない。「邪気眼」たちにとっては、
メンズ佐藤を父、レディス佐藤を母、自分たちをその子として、
「聖家族」を形成することによって「楽園」が完成するのだから。
(その場合、どりせんは神となる)

よって、あの物語以降、メンズ佐藤はクラスの「邪気眼」みんなの
「調停」をして回らなくてはいけなくなるはずだ。しかし、それは
とんでもなく険しい道であり、結局はクロチャンの太一と同じく
「孤独」にならざるをえないのではないだろうか。

「AURA」のその後をシミュレーションした結果、主人公のあのクラスは、
クロチャンの舞台・群青学院化するほかないという結論に至った。
「ラーゼフォン」の綾人くんしかり、「調停者」の運命は畢竟「孤独」
に行き着くと思う。あそこまでいくといっそすがすがしいけれども。
はたして、メンズ佐藤にそれほどの覚悟があるのだろうか。

とりあえず、どりせんの人間力がどうのとかいってる
場合じゃないと思うぞ、メンズ佐藤。

 なにものかの崩壊や不在への「恐怖」のために、人は「治者」の責任を進んでになうことがある。しかし「治者」の、つまり「不寝番(ねずのばん)」の役割に耐えつづけるためには、彼はおそらく自分を超えたなにものかに支えられていなければならない。(略)
 しかし、あるいは「父」に権威を賦与するものはすでに存在せず、人はあたかも「父」であるかのように生きるほかないのかもしれない。彼は露出された孤独な「個人」であるにすぎず、その前から実在は遠ざかり、「他者」と共有される沈黙の言葉の体系は崩壊しつくしているかも知れない。彼はいつも自分がひとりで立っていることに、あるいはどこにも自分を保護してくれる「母」が存在し得ないことに怯えつづけなければならないのかも知れない。

江藤淳「成熟と喪失 ―猜讚瓩諒壊―」


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posted by: アダチアタル | 本の感想 | 06:16 | comments(0) | - | - |

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