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「逆輸入型幼なじみ」について

本書の361ページから

大澤…オタクっぽい人たちの間で人気のアニメやマンガで、幼なじみの恋というのがやたら多いわけね。(略)
 まず、自分と宿命的に結びついている他者を見つけたいわけだけれども、自分の家族に対しては違和感がある。かといって自分になんの縁もゆかりもない人を宿命的だと考えるには、ちょっと無理がある。そのときに、自分の近所に暮らしていて、幼い頃から気がつかないうちに仲良くなっていた人に、自分との宿命的な関係というものを投影しやすいんだよね。

まあ、「血」や「地」に基づくナショナリズムの話題の一部なんですが。
しかし、昨今の幼なじみ事情(?)はもうちょっと複雑で……

まず前提として、高橋留美子先生の作品でたとえると、
「落ちモノ系」のラムちゃん(うる星やつら)と、
「幼なじみ」のあかね(らんま1/2)の、ふたつのヒロインの系譜がある。

で、「かんなぎ」や「ケメコデラックス!」に象徴されるように、
いまは「幼なじみ」よりは「落ちモノ系」が全盛……かと思いきや、
そう簡単には言い切れない。なぜなら、「かんなぎ」のナギも、
「ケメコデラックス!」のケメコ(の中の人のエムエム)も、主人公と
過去に「縁」があるから。どちらのアニメも、その「縁」を強調するように、
過去の「主人公の思い出」のシーンからはじまっていた。

「天然もの幼なじみ」に限定していえば、これはやはり冬の時代で、
「かんなぎ」のつぐみにしろ、「ケメコデラックス!」のイズミにしろ、
たぶんナギやケメコの当て馬で終わることは容易に想像がつく。
「紅」なんて、夕乃に銀子という極上の「天然もの幼なじみ」が
ふたりもいるのに、おそらく両者のフラグが立つことはない。

最近は、完全な「落ちモノ系」ヒロインか、「落ちモノ系」でありながら、
過去に主人公と縁があるという「逆輸入型幼なじみ」が主流だと思う。
(いったん九条院を経て帰ってくるタマ姉もある意味これ)
この「逆輸入型幼なじみ」的な想像力というのは、ピアノ・ファイアさんの
『ゼロ年代における「契約」から「再契約」の想像力へ』
における「再契約」という概念とも通じているような気がする。
ところで、こちらの記事でも『コードギアス』の谷口吾朗監督の名前が
あげられているけれども、同監督の『無限のリヴァイアス』では、
キャラクターの口を借りて、辛辣な「幼なじみ批判」が展開されている。

こずえ 「相葉兄弟の間をうろうろしてるあおいちゃんにはわかんないよ」

あおい 「あたし……」

こずえ 「兄弟仲良くしてほしいとか言って、どっちも欲しがってる」

あおい 「だって、そんなの、あたし、わかんないよ」

こずえ 「うそつきっ! ごまかしてるだけでしょっ?
わかるわけない、あんたは持ってないって思ってるくせに、
しっかり持ってる、なんにもせずに持ってる、
そんなあんたにあたしの気持ちなんてわかるわけない
、絶対にないっ」

あおい 「……ずっとそう思って」

こずえ 「全部じゃないけど、でもあんたはずるい、わかってないからずるい」

あおい 「……だって、祐希も、昴治も、私には」

おっと、朝倉南の悪口はそこまでだ、って感じですが。
これは、ハルヒに対する長門の鬱屈した感情(「涼宮ハルヒの消失」)
も似たようなものだと思う。幼なじみ(や「神」というポジション)
という「イージーな契約」にあぐらをかいている存在への、批判的感情。
ハルヒは「持ってないって思ってる」=「日常はつまらないと思ってる」
くせに、じつは「なんにもせずに持ってる」=「無自覚に神の力をふるう」。

これは確かに「ずるい」。だから『ハルヒ』が大団円を迎えるには、
ハルヒ自身が「神」であることを自覚する(「再契約」?)しかないだろう。
(ギャルゲーの「主人公」がそれを自覚する、みたいな話ですが)

ともあれ、結論としては、今後も当分「落ちモノ系」ヒロインと
「逆輸入型幼なじみ」がはやるだろうということ、
「天然もの幼なじみ」は冬の時代がつづくだろうということ、そして、
「かんなぎ」のつぐみちゃんは幼なじみぽっちゃりカワイイということである(ぇ



JUGEMテーマ:読書
posted by: アダチアタル | 本の感想 | 10:00 | comments(0) | - | - |

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