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―お母さんになりたいオトコノコ― とらドラ 9 (9) (電撃文庫 た 20-12)

竹宮 ゆゆこ
アスキー・メディアワークス
¥ 536
※ネタバレを含みます



今回浮き彫りになった竜児くんの「母親越え」というモチベーション。
しかし、彼は「母親をこえる」ことと「母親になる」
ことを混同してるんじゃないだろうか。

実際、竜児くんは大河という「娘」を家に迎え入れ、料理・洗濯・掃除
をこなすことで、いわゆるステロタイプな「母親」を演じていた節がある。
ところが、「娘」大河の自立宣言によって、その関係はいちど壊れた。
そこへ来て、「本物の母親」であるところの泰子が「衰退」することで、
にわかに竜児くんの「母性」が肥大しはじめた。そうなると、あとはもう
自明の理で、ひとつの家にふたりの「母親」はいらない。
だから必然的に、竜児くんは家を出ざるを得なくなる。そして駆け落ちへ…

これは、すげーおもしろい。高橋留美子作品をはじめとしたラブコメの
ヒロインに見られる「母性の肥大」はすでに語られていることだけど、
とらドラの場合は、男の子の母性が肥大してる。竜児くんの家事上手は
単に「家事もこなせるオレかっこいい」とか、そういうレベルじゃなく、
(男性作家の書く「家事上手な主人公」はえてしてそうなりやすい)
ほとんどカルマといっていいほどにキャラクターと密接に結びついている。
いや、むしろそうしたキャラ設定がこの展開を導いたというべきか…

大河は、竜児くんにこれ以上「母親」を演じてもらいたくないからこそ
自立宣言したのだろうし、それに呼応するように大河の「本物の母親」
が今回の終盤で登場する。竜児くんが文字どおり「男」になることでしか
もはや決着はつけられないと思うのだが…その試練がどのようなかたちで
彼に降りかかるのか。徹底的に「父親不在」のこの作品でそれが本当に
可能なのかという点も含めて、次回に期待したいと思います。待ち遠しい。

JUGEMテーマ:読書
posted by: アダチアタル | 本の感想 | 18:21 | comments(0) | - | - |

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